HOME和英語林集成デジタルアーカイブス 『和英語林集成』解説:『和英語林集成』各版解説

『和英語林集成』各版解説

(1)『和英語林集成』初版(横浜版)

和文(左)・英文(右)表題紙

著者:A.M.,M.D.(文学修士・医学博士) James Curtis Hepburn
英語書名:A Japanese and English Dictionary; with an English and Japanese Index.
1867年(慶應3)
出版地:横浜
印刷:上海 American Presbyterian Mission Press(美華書院)
発行部数:1200部

日本最初の和英辞典であり、『ヘボン辞書』と呼ばれる。この時代に発行された各種辞書に比べると体裁・内容とも比類のない辞書らしい辞書である。先行する辞書が少ない中、直接ヘボンが出逢った人々の言葉が記録され、幕末の日本語を良く集めている。このため英語で書かれた国語辞典としても貴重な文献である。
標題は「和英」とされているが、和英とパート2としての英和の部を持ち、見出し語が和英20772語、英和が1万30語(松村明氏の研究による)である。ヘボンは自らの肩書をA.M.(文学修士)・M.D(医学博士)としている。再版以降はM.D・LLD(法学)博士としている。

ヘボンは1859年(安政6)10月神奈川に上陸後すぐに言葉を集め始め、およそ7年をかけて収拾した日本語を収録している。ヘボンは辞書出版が日本で出来ないかと、米国のミッションに印刷機の要請を試みた。「ラウリー博士殿、どうか至急印刷機ならびに辞書出版に必要な活字一式、日本語の大文字と普通の活字を送ってください(1862年2月24日ヘボン書簡)」
さらに、日本初の英和辞典を洋式印刷機で印刷した幕府開成所にも依頼してみたりもしたが、技術・資源とも充分でなく、やむを得ず上海の美華書院に持ち込んだ、当時、プレスビテリアンミッションは中国布教を行っていたため、漢字の活字は存在したようで、日本語の活字(カナと日本漢字)は同行した岸田吟香の手を借りて作成した。

日本語を横組で印刷した初めての印刷物であり、 すでに原稿の段階で日本語は横書きである。後に同じ美華書院で印刷された『和譯英辭書(薩摩辞書)』、岸田吟香『和譯英語聯珠』なども、幕府洋学調所の『英和対訳袖珍辞書』同様に日本語を縦書きしており、品詞の記載や用例の収録とともに、ヘボン辞書の特徴の一つと言えよう。
和文扉の文字も岸田吟香による。彼は最初この辞書の邦語名を『和英詞林集成』としたが、直前になって『和英語林集成』とし、「1厘の値上げ」と洒落たともいう。

日本語はローマ字でアルファベット順に掲載されている。このローマ字が発展し、第三版に至りヘボン式ローマ字となり、日本語の第四の表記法としてヘボンの名前を今も伝えている。
扉に続く序文(Preface)で、ヘボンは先行辞書・かなづかい・品詞・同義語・発音・印刷などについて述べている。
続いてカナ表( A Table of the Japanese KANA)がいろは順に書かれ、序説(Introduction)へと続く、序説の最後に凡例(Abbreviations)がつき、書物のみの語、ほとんど使われない口語などの符号がつけられ、ヘボンのスタンスが見える。序文は貴重な文章であるので、アーカイブス参照のときにはこれらの文章はぜひ読んでいただきたい。
英和の部は英語題名では"English and Japanese Index."としているが、実際は英和辞典であり、この辞典の第二部をなす。これは、上海で印刷に取り掛かってからの作成(1867年1月25日書簡)である。

(2)『和英語林集成』初版(ロンドン版)

和文(左)・英文(右)表題紙

著者:A.M.,M.D.(文学修士・医学博士) James Curtis Hepburn
英語書名:A Japanese and English Dictionary; with an English and Japanese Index.
1867年(慶應3)
出版地・印刷:LONDON TRUEBNER&Co.
発行部数:不明

上海で印刷され、横浜で発行された『和英語林集成』は、同年ロンドンのTRUEBNER商会(UEはUにウムラウト)からも発行された。内容・和文中扉も同じであり、英文の中扉の下部のみ初版の"SHANHAI:SHANHAI AMERICAN PRESBYTERIAN MISSION PRESS"がロンドン版では"LONDON:TRUEBNER&Co.,60,PATERNOSTER ROW"となっている。英文扉は活字組みが少し違うので、新しく組版をしていることがわかる。

なぜ同じ年にロンドンで発行されたか、その理由は明確ではない。よく見ると、印刷・用紙ともどもロンドン版の方が良い。上海美華書院の印刷版に比べインクの油焼けによるにじみもない。ロンドン版は上海での組版後、ロンドンでも上海と同じくステロタイプ(鉛板)で印刷した。ヘボンの手紙では美華書院においてはW.ガンブルが活字を作るのに1カ月以上かかり、5人の植字工を使って2日に8ページ、全体では6カ月かかるとしており、さらに当時上海―ロンドン間の輸送時間は船で2カ月程度かかったはずであり、辞書をロンドンに運び、短期間に再度組版して同年内に印刷・発行ができたようには思えない。画像を重ねてみると一致するので、上海での完成組版を石膏で型を起こしステロタイプ(鉛板法)と思われる。
当時、ヘボンは推定1万ドル(現在の価格で1億円程度)といわれる莫大な印刷費に苦しみ、ミッションからの援助もなく苦闘していた。このため、『和英語林集成』のヨーロッパ版を何らかの形でTRUEBNERに譲って資金の一部にしたのだろうと推測できる。初版発行後5年して1872年ヘボンは『和英語林集成』の再版を出す。すると直ちにヘボンは米国に渡り、再版の漢字とカナを除いた縮約ニューヨーク版(abridged)を出す。この辞書はニューヨークのRANDOLFとロンドンのTRUEBNERが出版元となっており、ヨーロッパでの『和英語林集成』の権利がTRUEBNERとの関係で何らかの形で成立していたことを伺わせる。ロンドン版はデジタルアーカイブス制作に着手後に入手して、これも検索に加えた。これからの研究に待ちたいところである。
世界史的意味では、日本との国交を成し遂げたヨーロッパ世界に初めてもたらされた、近代的な日本語の辞書がこれでした。明治学院大学図書館所蔵本は、"ForeignOffice"の焼印(英国外務省と思われる)が押された原装丁に近いものと、イギリスで改装されたと思われる本の2種類が存在する。

ForeignOfficeの押された本と焼き印のアップ

(3)『和英語林集成』手稿 皮装丁 J.C.ヘボン筆

明治学院大学図書館に所蔵される『和英語林集成』の作製に向けた原稿である。残念ながらA-Kまでの部分しかなく、後半はマタイ伝福音書の日本語ローマ字訳が掲載されている。このアーカイブスではこの部分は省いた。右側ページにインクで書かれ、その追補が左側ページに書かれている。『和英語林集成』の草稿には違いがないが、見出し語にはカタカナ表記はなく、ローマ字表記もまた初版とも異なっている。高谷道男氏(明治学院大学名誉教授・元図書館長 故人)は1864年頃のものとしているが、いまだ確定していない。アーカイブスス収録の画像は、新規撮影により傷みが激しくなると考え、本館所蔵マイクロフィルムからの画像を起こした。

『和英語林集成』手稿

(4)『和英語林集成』再版

和文(左)・英文(右)表題紙

著者:M.D.,LLD.(医学博士・法学博士) James Curtis Hepburn
英語書名:A Japanese-English and English -Japanese dictionary
1872年(明治5)
出版地:横浜
印刷:上海 American Presbyterian Mission Press(美華書院)
発行部数:3000部

英文題名が、はっきりと「和英・英和」となった。再版と呼ばれているが、実は改訂再版であり、この間に起きた御一新の大きな政治的変化を受けての改訂である。漢語を中心として語彙が増加し、見出し語が和英22949語、英和が14266語(松村明氏による)となった。このことについてヘボンは序文の中で以下のように述べている。
Owing to the recent revolution in the government, the great changes in the political and social affairs of the country, and the introduction of western sciences, literature and institutions, the language is constantly receiving important additions of words in every department of knowledge. According as these terms have become settled an current, author has introduced them. Many old terms have gone into disuse; and others, which were current for a while and seemed likely to become permanent, have given place to still newer forms. This has especially been the case in respect of words relating to the Government, laws, naval and military matters.

なお、序文では和英3000語、英和4000語が加えられたとしているが、英和の増加はほぼそれに近いが、和英は削除された語もあり、総語数では和英の実質増加は2177語(松村明氏)となっている。
序説(Introduction)にも大幅な増加が見られた。日本語の概説と文法事項が詳しくなり、22ページとなった。
これについてヘボンは In the Introduction, the author has endeavoured to give a brief abstract of the Japanese Grammar, with the especial object of making the dictionary more intelligible, as well as of rendering some assistance to those who may not have access to more special works on this subject.と記している。
なお、この辞書の編集には奥野昌綱が編集に協力している。

(5)『改訂増補 和英英和語林集成』第三版

和文(左)・英文(右)表題紙

英語書名:A Japanese-English and English-Japanese dictionary
著者:M.D.,LLD.(医学博士・法学博士) James Curtis Hepburn
1886年(明治19)
出版:丸善商社書店
出版地:東京
印刷:横浜R. MEIKLEJOHN&Co

和文書名が変わって再版からの英語表題と揃って「和英・英和」となった。版権を丸善に譲っての出版である。収録見出し数は和英35618語、英和15697語(松村明氏による)であり、和英に1万2000語を越える追加がある。この改訂により新しい時代の言葉とともに古事記や万葉集などの古語も取り入れ、総合的な辞書となった。しかし、この前書きにあるように、西洋文明の取り入れに対応する各分野の専門的な用語は全て取り入れるのではなく、別物として一線を引くと考え前書に以下のように書いている。
But owing to the amazing changes and rapid advancement of the Japanese in every department, he has found it diffcult to keep pace with the corresponding advance of the language in the increase of its vocabulary. He has endeavored, however, to correct these words, examine, classify and define them. Many, no doubt, have escaped his notice. Still there is an addition of more than ten thousands words to the Japanese and English part. He might have increased this number by almost as many more, had he thought proper to insert the purely technical terms belonging to the various branches of medicine, chemistry, botany, etc., etc., each of which should have a separate work especially devoted to it. He had to draw a line somewhere, and has limited himself to such words only as are in popular and general use.
見出しローマ字は現代語の発音に近い羅馬字会制定の綴りを取り入れた「ヘボン式」とした。この版には高橋五郎が編集に協力している。この辞書の丸善の予約部数は1万8000部と言う驚異的な数字であったという。この版以後第九版まで出版されるが、それらは一部の訂正に留まる。

(6)"Japanese-English and English-Japanese Dictionary" Abridged by Author

表1(左)・表題紙(右)

J.C.Hepburn. M.D. LL.D.
1873 NEWYORK :A.D.F.RANDOLF&Company/LONDON:TRUEBNER

『和英語林集成ニューヨーク版』あるいは『縮約ニューヨーク版』と呼ばれている。内容は再版に対応するが、縮約版(Abridged by Author)の通り、語数の減少と見出し語のカタカナと漢字も省かれており、全てがアルファベットとなっている。松村明氏によると、和英17354語と親版の再版に対して5595語の減少であるが、英和は数語の減少に留まり、古語・廃語、文章用語の類が省かれているという。カナ表と序説のほとんども省略されて、栗茶色の布装で15.5×10.5cm、ポケット版と充分に言える体裁であり、持ち運んでの利用は極めて便利であったろう。
ニューヨーク版はヘボンが再版の発行後すぐに米国に赴き、再編集後に米国議会図書館に登録して著作権を取得しており、中表紙裏にEntered according to Act of Congress, in the year 1873 by J. C. Hepburn , In the Office of Librarians of Congress, at Washington D.C.の記述も見える。
初版(ロンドン版)のように再版の紙型を米国に運び、同一組版で海外発行しなかった理由について考えてみると興味深い。外国と日本のコミュニケーション量が拡大しポケット版での出版が実用的であったとは想像できるが、出版社が米国のRandolfに続いて、ロンドン版発行のTruebner(UEはUのウムラウト)が入っていることからして、初版出版時にTruebnerが取得したであろう欧州版権との関係で、新たに便利なポケット版として発行し、米国議会図書館に登録し米国版権取得を行った可能性があり、辞書普及普及のための発行コスト問題からこの版が発生したとも考えられなくもなく、まだ解明されるべき点が多い。

(7)"Japanese-English and English-Japanese Dictionary" Abridged by Author

表1(左)・表題紙(右)

J.C.Hepburn. M.D. LL.D.
1881 SHANHAI:KELLY & WALSH/LONDON:TRUEBNER/YOKOHAMA:KELLY & Co./NEWYORK :M.D.F.RANDOLF&Co.

『和英語林集成上海版』あるいは『縮約上海版』と呼ばれる。製本体裁や版型はニューヨーク版を踏襲し、印刷地は不明、内容はニューヨーク版と同じと思える。

(8)"JAPANESE-ENGLISH AND ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY" Second Edition

表1(左)・表題紙(右)

J.C.HEPBURN M.D.,LL.D.
1887年(明治20)
発行:丸善商社
出版地:東京
印刷:製紙分社

『和英語林集成 縮約丸善版』または『縮約再版』と呼ばれる。第三版の版権委譲を受けての縮約版であるSecond Editionとあるが、これはニューヨーク版(上海版)に対しての第二版であり、内容は第三版による。中扉にはABRIGED BY AUTHOR Second Edition REVISED AND ENLARGEDとなっている。見出し語数は、和英の部33449語、英和の部15697語であり、第三版に比して和英が2169語少なくなるが英和は第三版と同数である。(松村明氏)この辞書は小型で使い良く、明治末まで十数版の刷を重ねたと言う。表示は「版」の表示のみで「刷」の表示はない。

縮約版は小型で使い易い

版型はほぼニューヨーク版を踏襲する。ニューヨーク版より少し赤みが入った海老茶色の布装である。「版」は同一でも「刷」によって使用用紙が異なり、本の厚さが異なっている。

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