『薩摩辞書』

1869年の出版になる「改正増補和訳英辞書」は、序文に「日本薩摩学生」と署名してあることから「薩摩辞書」の俗称で名高い英和辞典である。上海にある米国長老派協会の印刷所=美華書院(American Presbyterian Mission Press)で印刷された。
薩摩藩士の高橋良昭・前田正穀・前田正名の三人が編纂にあたった。彼らは長崎へ出て唐通詞の何礼之助や1859年に来日したオランダ生まれのアメリカ人宣教師フルベッキ(Guido Herman Fridolin Verbeck
1830〜1898)について英語を学ぶうちにどうしても英米へ留学したくなったが資金がない。その当時たいへんな高値をよんでいた「改正増補英和対訳袖珍辞書」の改訂版を発行すれば大儲け出来る。これを洋行資金にあてようと計画した。
三人はフルベッキの力をかりて、見出しの英単語と訳語の漢字に片仮名の「フリガナ」をつけた草稿を書き上げ、これを持って上海へ渡り、フルベッキの紹介で美華書院の経営にあたっていた宣教師ガンブルに会って印刷を依頼した。薩摩の商人浜田十兵衛、松尾という長崎の商人、のちに松方正義となる日田県知事松方助左衛門らが、出版資金を援助してくれた。このおかげで二千部の「薩摩辞書」が刷り上り、五代友厚や小松帯刀らの尽力で新政府への大量売り込みに成功した「薩摩学生」たちは首尾よく洋行の夢をかなえた。

『英和・和英辞典の誕生−日欧言語文化交流史−』岩堀行宏著p160より
*フルベッキはヘボンとともに明治学院創設者の一人
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