和英辞典発達史
和文(左)・英文(右)表題紙
重要な辞書を数字で表示、▽はヘボン辞書の影響下
「和英辞典」とは本来日本語を英語で解説した日本語辞典である。見出し語に対し、品詞・活用形・意味の解説をつけ、例文はその見出し語を使った日本語文であり、それに英語の解説がつく。英語で解説された国語辞典とも考えられ、検索対象は「日本語」であり、日本語での見出し語の意味を理解する辞典である。
これに対して、英和辞典の補助的辞典として、「逆引き英和辞典」の性格を持つ和英辞典がある。こちらは日本人の英語学習者用に日本語の見出し語に対応する英語が解説され、例文も英語文に対しての日本語解説となる。また、日本語からの英語作文辞典としての編集形態をとる和英辞典も存在する。
W.H.Medhurst 『An Englishi and Japanese,and Japanese and English Vocabulary』
1830年(天保元)Batavia 通称『じゃがたら辞書』
来日経験もなく、日本人とも会わず、中津藩主奥平昌高の『蘭語訳撰』を基本に英和5,400語和英6,500語の単語集を作り、リトグラフで印刷、バタビアで発行した。 これが世界初の和英辞典である。
(1) J. C. Hepburn 『和英語林集成』1867年(慶応3)横浜
『和英語林集成』初版表題紙
日本初の和英辞典であるが、実際は和英と英和の部に分かれ、和英20,722語 英和10,030語、当時の他の辞書と比べ群を抜いた本格的な和英辞書として、活用形も表示し、用例が豊富なことが特徴。ヘボンが出会った実際の日本人から耳で聞き集めた言葉が多く、国語辞典としての性格も持つ。岸田吟香が編集を支援。改版を含め明治29年まで類書を寄せ付けなかった。
▽内田晋斎『浅解英和辞林』1871年(明治4)
ヘボン辞書(初版)の英和の部の剽窃。石井研堂「平文氏より版権侵害を申し込まれしが如しといふ」
・ 宇田甘冥『本朝字源英語対覧』1871年(明治4)
和綴三巻の豆本。日本語語源辞典に英単語を配す。
・ 吉田耕職(康徳)著『袖珍英和節用集』1871年(明治4)
名詞のみの和英単語集 イロハ順 例:「音 Sound」
・ 吉田康徳著『袖珍英和節用集(第二編)』1872年(明治5)
同上書の初編にない語を集める。
▽島田胤則・頴川泰清纂輯『和英通語捷徑』1872年(明治5)
ヘボン辞書と同じ上海の美華書院印刷、内容はヘボン辞書によるところが多い(序文)。
▽尾本国太郎・江口虎之助共編『和英対訳いろは辞典』1885年(明治18)
いろは順であるがヘボン辞書初版と訳語が類似。
(2) J. C. Hepburn 『和英語林集成(再版)』1872年(明治5)
『和英語林集成』再版表題紙
発行部数3000部。和英22,949語英和14,266語。政治的・社会的変化と西洋科学・文学・制度の導入を反映。Introductionで日本語概説と日本文法の大幅な増加を行う。
▽森貞次郎・遠藤進正訳『伊呂波字引和英節用全』1885年(明治18)
ヘボン辞書再版から古語・廃語を除いて作る。
▽南条文雄序『和英辞典』1886年(明治19)洋中
ヘボン辞書再版から漢字・かなを省いてローマ字の次に直ちに英語を配している。
・ 山東直砥増補『新撰山東玉編英語挿入』1878(明治11)
漢和辞典に英語を挿記する。
・ Ambrose C.Gring『対訳漢和英辞書』1884年(明治17)丸善・Kelly&Walsh
漢字の辞書に呉音・漢音をカタカナとローマ字で記し、カタカナと英語で訳をつける。
漢字の日本における用法の詳細な序説付き。
・ 重野安繹総閲・中村正直校閲・国訓小中村清矩校閲・英語F.ブリンクリー校閲、北京音張磁□(口へんに方)校閲・編集者猪野中行他6名『明治字典』1885-1888年(明治18-21)
康熙字典を参照、漢字辞典に簡単に日本語・英語・朝鮮語を配す。
(3) 嶋田三郎校訂市川義夫纂譯『英和和英字彙大全』1885年(明治18)如雲閣
『英和和英字彙大全』表題紙
ヘボン辞書二版の影響を強く受け、古語・廃語などの語彙を取捨淘汰した編集。
▽高橋五郎校訂・市川義夫纂訳『英和和英袖珍辞典』1887年(明治20)
ヘボン辞書再版の影響下。嶋田・市川『英和和英辞彙大全』の縮約版
▽吉田直太郎編纂『袖珍和英字典』1887年(明治20)
市川の和英辞彙の簡約、ヘボン辞書の孫。
(4)箸尾寅之助編譯『袖珍挿画 新譯和英辞書』1887年(明治20)
ヘボン辞書を簡略化した内容に独自の工夫を加え、個性的な挿絵を加える。
(5) J. C. Hepburn 『改正増補和英語林集成(第3版)』1886年(明治19)丸善
『改正増補和英語林集成(第3版)』
表題紙
和英35,618語英和15,697語 新しい時代の語彙とともに、古事記・万葉集などから古語も収録。現代語の発音に近い羅馬字会制定の綴りを取り入れる(ヘボン式・標準式)高橋五郎が支援。予約部数18000部
『英漢対照いろは辞典』表題紙
・ 高橋五郎著『英漢対照いろは辞典』1888年(明治21)小林家蔵版
外国人並英語を解する者でなく、本邦一般の用に供すことを目的。漢語を多く収録。この辞書から日本最初の近代的国語辞典である『和漢雅俗いろは辞典』が生まれる。
・ 高橋五郎『和英袖珍辞彙』1888年(明治21)十字屋 小型本
単語の配列がABC順。いろは辞典とは独立に作る。
(6) Captain Frank Brinkley・南条文雄・岩崎行親共編『和英大辞典』1896年(明治29)三省堂
『和英大辞典』表題紙
語彙約5万語。ヘボン辞書と同じく外国人のために日本語概要(Introduction)が付く。
百科事典的であり、日本の動植物や日本の事物について挿画がある。専門用語の付訳を数人の専門の学者に依頼。 以後 明治の末までは最大の和英辞書であった。
(7) 新渡戸稲造・高楠順次郎編『新式日英辞典』1905年(明治38)三省堂
『新式日英辞典』表題紙
ブリンクリーの影響を受ける。ローマ字でアルファベット順、アクセントと一部にウエブスター式発音記号。
(8) 井上十吉『新譯和英辞典』1909年(明治42)三省堂
見出し語約2万とすくないが、用例多数。日本人の英語学習者に向け編集。この辞書によりブリンクリー・南条・岩崎の『和英大辞典』は刊行されなくなる。
(9) 武信由太郎『武信和英大辞典』1918年(大正7)研究社
『武信和英大辞典』表題紙
見出し語約6万。後に研究社『新和英大辞典』(昭和6)に進化する。20年を掛けて編纂。
(10) 井上十吉『井上和英大辞典』1921年(大正10) 至誠堂
『井上和英大辞典』表題紙
見出し語64067。アルファベット順に記載 4年半を掛けて完成。
(11) 竹原常太『スタンダード和英大辞典』1924年(大正13)宝文館
米語の採用。和製英語の排除。
14年に渡り英米の書籍・新聞・雑誌から収集した例文30万件から57000件を採用、出典を示す。 英和辞典の逆引き編集とも考えられる。
(12) 斎藤秀三郎『和英大辞典』1928年(昭和3)日英社
斎藤秀三郎『和英大辞典
見出し語約5万例文12万「日本人の英語は日本的であらねばならぬ」とし、自国語での意味内容を英語で発表することを目指して編集。和歌・俳句・都都逸・漢詩なども入る。今なお人気のある辞書である。
(13) 『研究社新和英大辞典』1931(昭和6)研究社
武信大英和に続く 語彙・熟語文例にKings Englishを反映
参考文献
『日本英学史の研究』豊田實 1939 岩波書店
『英和・和英字典の誕生-日欧言語文化交流史―』岩堀行宏 1995 図書出版社
『蘭和・英和辞書発達史』永嶋大典1970 講談社
『英語の辞書と辞書学』南出康世1998 大修館書店