和英辞書と英和辞書の日本初めて
(1)日本最初の「和英辞典」
日本最初の和英辞典は1867年(慶応3)に出版された『和英語林集成』(通称ヘボン辞書)である。和英に英和のINDEXが付く。この辞書はヘボンの手により1872年(明治5)に再版が、1886年(明治19)には第三版へと改訂された。また、漢字とカナを取り除いた「縮約版」は小型で便利であり、ニューヨーク・上海などでも発行され、明治末まで使われた。
『和英語林集成』初版(通称ヘボン辞書)表題紙と本文一例
ヘボン式ローマ字はこの辞書の日本語表記法である。ヘボン博士はこの辞書の言葉のほとんどを各層の日本人から直接聞き書きしたため、 幕末から明治の言葉を集めた貴重な国語辞典としても、現在も研究者が絶えない。
Dr.Hepburnの呼び方は、現在の日本ではヘップバーンと読まれる。しかしPは無声音のため、幕末から明治の日本人にはヘボンと聞こえ、ヘボン博士自身も「平文(へぼん)」と署名したりしている。また、博士はボランティアとして幕末に多くの患者を診療した名医としても知られ、横浜の俗謡に「ヘボンさんでも草津の湯でも
恋の病はなおりゃせぬ」と歌われている。
ヘボン辞書は幕末から明治の日本人の英語学習が最も盛んな時代に、なんと29年間もの間、他の辞書を寄せ付けずに使われたことは、驚きを隠しえない。
ヘボン辞書をこえる日本人による辞書は1896年(明治29)に三省堂が発行したブリンクリー校閲・南条・岩崎共編『和英大辞典』である。
(2)日本最初の英和辞典
一方、最初の英和辞典は幕府洋学調所が1862年(文久2)に発行した『英和対訳袖珍辞書』である。この辞書はH.Picardの"A New Pocket Dictionary of the English-Dutch and Dutch-English Languages"という英蘭辞典のオランダ語部分を日本語に訳して英和辞典としたものである。袖珍(しゅうちん)とはポケット版の日本語表現。200部を刷るのに1年かかったといわれている。
『英和対訳袖珍辞書』慶應二年江戸再版
この辞書は、明治になり幕府が滅びた後も『薩摩辞書』や『開拓史辞書』として改版を続け、ウエブスター辞書の影響を受けた英和辞書が登場してくる明治の中頃まで使われた。
なお、明治になり発見された長崎奉行所内の秘本として、フェートン号事件をきっかけに作成された『諳厄利亜語林大成』1815年(文化12年)があるが、これは手書きであり、文化を摂取し理解を進める辞書というより、国防用武器といえよう。
(3)初めての和英と英和の比較
項目 | 和英語林集成 | 英和対訳袖珍辞書 |
---|---|---|
装丁 | 皮洋装丁 | 和装丁 |
紙とサイズ | 英国製印刷用紙 | 中国から輸入の洋紙 |
印刷 | 英語日本語ともに全て活字 | 英語は活字・日本語は木版 |
収録 | 和英約2万語・英和1万語 | 英和約3万5千語 |
用例 | あり・活用形もある | なし |
版組み | 日本語も横組み | 日本語のみ縦組み |
編集・製作 | ヘボン個人による | 幕府洋学調所 |
初版部数 | 1200部 | 200部 |
(4)ヘボン辞書『和英語林集成』の特徴
・
直接生きた日本語を彼の下僕、出入りの職人・商人、彼の患者等から吸収。初版は江戸幕末、再版は明治維新、第三版は明治維新以降の、変化のきわまりない日本語の実態を伝える貴重な資料となっている。日本語の源流として、現在も新潮社『新潮現代国語辞典』に語義や用例が多数掲載
・ 和英にとどまらず、英和の部をもつ
・ 初めての活字による和英辞典
・ 漢字とカナを含む日本語を初めて横組みとした印刷物
・ 収録語彙が多く、用例も含んでいる
語彙数 | 初版 | 再版 | 第三版 |
和英の部 | 20772 | 22949 | 35618 |
英和の部 | 10030 | 14266 | 15697 |
松村明氏の研究による。
・ ヘボン式ローマ字により日本語を記載(第三版で確定)
・ その後の和独辞典・和仏辞典・英和辞典に影響を与え、国語辞典も大きな影響を及ぼしている。